■ナスリーの宇宙船がものすごいスピードで地球から離れて行っている間、ワタルは次々とニコ・サンドールとしての記憶を取り戻していっていた。

 ニコ・サンドールの地球調査期間は6年だった。ニコはまず最初の一ヶ月で地球の言語、人間の生態、社会の構造などについて学び、その後一人の人間に化け、建設会社の作業員として2年間働いた。基本的に食料など生活に不可欠なものは調査期間中分の備蓄はあるので、金は稼いだ分だけたまっていくことになる。そして、その貯金が地球を調査するための資金となる。その資金と残りの4年の時間を使い、地球と人類についての調査報告をまとめるというのがニコのプランだった。

 ちょうど地球滞在5年目に入った頃、問題が発生した。調査に当初考えていた以上に多くのお金がかかってしまい資金が底をつきかけたのである。まだやるべきことはいくつか残っていた。もちろん再び金を稼げばいいことだが、人間になりすまし企業に雇われるためにはそれなりの手間がかかり、それほど簡単なことではない。また労働に多くの時間を割かなくてはいけないというのも調査の進捗状況を考えると苦しい。そこで、ニコは“異星人のヤミ市”というものを初めて利用することにした。これは、まとまった現金が必要となった異星人たちが、自分たちが持っている道具などをほかの異星人に売り、手っ取り早く金を稼ぐための場である。ニコは地球滞在中に知り合った他の異星人たちから情報を集め、ヤミ市に参加した。

 そのヤミ市で、ニコに「もしかして貴方、ソロン星系の星のご出身ではないですか?」と声をかけてきた男がいた。ニコの故郷惑星イスラマインは、確かにソロン星系に属している。ニコはそうだ、と答えた。

男:「やっぱり。何となく分かるんですよね、ソロン星系の方は。いくら外見は人間でも、体の内側からパワフルなオーラがにじみ出てる感じがするんですよ。・・・ところでソロン星系の方ならスクレタンをお持ちではないですか?もしお持ちでしたら少しでもいいので売って下さい。いい値で買いますよ。」

 スクレタンとはソロン星系の周辺で普及している宇宙船の燃料であり、当然ニコも余裕を持って地球に持って来ていた。しかし、帰りの道中もまだどんなことあがあるかわからない以上、そう気安く燃料を売る気にはならなかった。そう伝えると、男は「そうですか、それは残念。しかしまた気が変わったらいつでも声をかけてください。私は基本的にこの住所にある工場につとめていますので。申しおくれましたが私、カンザス星人のイシミウナと申します。人間体ではカノウ・タカヒロと名乗っています。」

 ワタルの心臓がとくん、と跳ねた。

 俺は、いやニコ・サンドールは、あいつに出会っていた―――――

ワタル:「止めてくれ!」
ナスリー:「どうした?」
ワタル:「おじさんを誘拐したやつの正体がわかった。悪いがもう一度地球に戻ってくれ。」
ナスリー:「一体どういうことだ?」

 ナスリーはとりあえず宇宙船を減速させた。ワタルが事の次第を話す。

ナスリー:「・・・なるほど、カンザス星人か。確かに他の星でもあまり評判の良くない連中だ。で、君はそいつに会って決着をつけたいというわけだな。」
ワタル:「そうだ。自分から出発を急かしておいて申し訳ないが、最後のわがままだと思って聞いてくれ。」
ナスリー:「・・・いや。君の記憶が戻りきる前に地球を立ったのは、私も浅はかだった。わかった。地球に戻ろう。」

 宇宙船はゆっくりと進路を転じ、今度は地球に向かって飛び始めた。

■地球に戻った二人は、まずワタルが記憶していたカノウが勤めていると言っていた○○製薬の××工場の住所を調べそこへ向かった。広い駐車場を抜け来客用の入口からエントランスに入る。エントランスには内線電話が設置してあったのでとりあえず受付につないでみる。

受付:「はい、いらっしゃいませ。ご用件を承ります。」
ワタル:「カノウという人に会いたいんだが。」
受付:「はい、カノウですね・・・申し訳ございません。ただ今カノウは外出中なのですが。」
ワタル:「じゃあ私の電話番号を教えますから、こちらに電話をくれるように伝えてもらえますか。私は以前“ヤミ市”で会ったことがあるもので“スクレタンを売りに来た”と伝えてもらえば分かります。」
受付:「はい、承知致しました。それではお客様のお名前をうかがってもよろしいですか?」

 「タキガワです。」とワタルは答えた。ニコ・サンドールは人間体の時タキガワ・シンイチと名乗っていたからである。さらに受付に自分の携帯の番号を伝えるとワタルは電話を切った。

 その夜、カノウから電話がかかってくる。

カノウ:「もしもし、カノウです。タキガワさんのお電話で間違いないでしょうか?」
ワタル:「はい。」
カノウ:「久しぶりですね。驚きましたよ。ヤミ市でお会いした時には、もう少しで帰るみたいなことを仰っていたのに、まだ地球にいらっしゃるとは。」
ワタル:「少し予定が変わったんですよ。」
カノウ:「よくあることです。で、早速ですがスクレタンを売って下さるとか。以前お会いした時には、地球に滞在しているソロン星系人が多くて、スクレタンの価格が高騰していたんですが、今はそれほどではないですね。まあ、それでも他のところよりはよっぽど高く買いますが。」
ワタル:「金が必要になったんで、帰りに必要な分を残してあまりを全て売りたい。査定してもらいたいんだが今から来てもらえますか?」
カノウ:「もちろん。どこです?」

 ワタルは予め探しておいた空き倉庫の住所を伝えた。

カノウ:「では時間は・・・そうですね、今から1時間後の8時15分でいかがでしょう?」
ワタル:「それでいいです。」
カノウ:「では、また後ほど・・・」

 電話が切れる。ワタルはふうっと一つ大きく息を吐くと、成り行きを見守っていたナスリーにうなづいてみせた。

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