■「ワタルがこのまま地球に残る方法が一つだけある。」と、沈黙を破りナスリーは言った。

ワタル:「・・・本当か?」
ナスリー:「ああ。ただし、私は決しておすすめはしない方法だ。ワタルにとってもサキさんにとっても過酷な選択となる。」
ワタル:「・・・・・どうすればいいんだ?」
ナスリー:「君が地球に残ることが問題になるのは、君がメタリア人ニコ・サンドールとしての能力を持っているからだ。だからもし君に、“ニコ・サンドールとしての能力や知識などをすべて放棄する”ということが出来たとしたら、君が地球を離れなければならない理由はなくなる。それは具体的に言うと、変身用のペンダントの放棄と、君の今現時点での記憶全ての抹消だ。記憶の抹消は、この間使った記憶修復装置を使うことによって容易にできる。」
ワタル:「記憶の抹消って、ホシゾラ・ワタルとしての記憶もすべてか?」
ナスリー:「そうだ。一部の記憶の抹消は、記憶の操作にあたる。それは許されない。措置として認められているのは、全ての記憶の抹消のみだ。装置で抹消された記憶は自然に戻ることは決してない。また、現在の人類の科学では、施術により記憶を回復させることも不可能だ。つまり、ホシゾラ・ワタルという人格も、ニコ・サンドールという人格も、おそらく永遠に失われることとなる。」

ワタル:「・・・・・・・」
ナスリー:「それにこれはワタルの意思だけでは決められない。記憶を失ったワタルは誰かの助けなくしては生きられないだろう。つまり、サキさん貴方には、必ず記憶を失ったワタルと共に生きて行ってくれることを約束してもらわねばならない。そうでなければ、私は親友の記憶をすべて消し去るなどという残酷な行為に及ぶわけにはいかない。」

 サキは何も言わずに、まっすぐにナスリーを見つめ返した。その顔はもう泣いてはいない。その表情にナスリーはサキの確固たる意志を感じた。この人なら大丈夫だろう。ナスリーはそう判断した。あとはワタル次第だ。

 先ほどから椅子の背もたれに両手をつき、下を向いてじっと考え込んでいたワタルが顔を上げ、それからおもむろにペンダントのヒモを首からはずすと、シャツの下から水色のペンダントトップを引っ張り出した。そしてそれを握りしめた拳をナスリーに向かって突き出す。

ワタル:「色々と協力してくれた君には本当にすまないと思ってる。・・・でも、やっぱり俺は、すべてを捨ててでも、地球に残りたい。」
ナスリー:「・・・本当に、それでいいんだな?」
ワタル:「ああ。」

 それからワタルはサキの方に振り向いた。

ワタル:「というわけだけど、いいかな?またサキさんには凄い迷惑かけちゃうことになるけど。俺も精一杯頑張る・・・と思うから。」
サキ:「そんな・・・私は全然大丈夫だけど・・・本当に、いいの?故郷の星にだってワタルくんを待ってる人たちは沢山いるんでしょう?」
ワタル:「うん、いるよ。家族とか友人とか大切な人たちが、みんな僕の帰りを待ってくれていると思う。確かに、イスラマインの人たちに二度と会えないと思うともちろん寂しい。・・・でも、それはある程度仕方ないと思えるんだ。ニコ・サンドールという男は惑星調査員で、長い間宇宙を旅し、見知らぬ星でその星に住む異星人たちに紛れて生活することが仕事だ。それには当然多くの危険がともなう。だから、地球を目指しイスラマインを出発した時も、もう二度と帰って来れないかもしれないって、それなりの覚悟を持って出発してきているんだ。・・・だけど、ホシゾラ・ワタルは違う。おじさんに命を救われ、人類の平和のために闘い、そして・・・サキさん、あなたを愛した、単なる一人の地球人に過ぎない。・・・僕は、ここで故郷の人たちの幸せを願うことはできる。でも、あなたを置いてイスラマインに帰り、遠い宇宙の彼方からあなたの幸せを願う気には到底ならないんだ。それならば、いっそ僕は全てを捨て去って、あなたのそばにずっといたい。その方がきっと僕の心は安らかだろうから。」

 サキは「ありがとう・・・」とかすれる声で言い、再び泣いた。ワタルはその肩をそっと抱きしめた。

■〈ナスリーのアパート〉
 ワタルは前回と同じように記憶修復装置の中に座っている。その前には、ナスリーと不安げな表情のサキが立っている。ナスリーが装置の扉を閉める。スクリーンが目の前に広がると、どことなく間の抜けたメロディーが流れ始め、ワタルの視界を赤い光の点が動き回り始めた。ワタルはそれを目で追っていく。しばらくして、急にワタルの意識がフッと途切れた。


 再びワタルが目覚めるとき、彼はもはや人類を救う正義のヒーローではなく、一人の平凡な人間となっていることだろう。しかし、それは決して悲しむべきことではない。特別な力を持たないからこそ、非力でちっぽけな存在だからこそ、人は愛する者を守ることだけに全力を傾けることができるのであろうから。

(最終話おわり アストロナイト完  ストーリーズへ