■休暇を取ったその翌日、ワタルはナスリーに電話をかけた。

ナスリー:「どうだ、決心は固まったか?」
ワタル:「・・・ああ、やっと理解できた気がする。自分がここに居ちゃいけないってことを。戻ろう、俺たちの星へ。」
ナスリー:「よく決心してくれた。私も待った甲斐があるというものだ。ともかくも嬉しい。それで、出発はいつにする?」
ワタル:「早いほうがいい。できれば今日。」
ナスリー:「今日?それはまた急だな。もちろん出来ないことはないが君はいいのか?親しい人たちに挨拶をしていかなくても。」
ワタル:「・・・挨拶していきたいのは山々だが、自分の境遇をなんと説明したらいいか分からない。嘘をつくのは苦手だしな。」

ナスリー:「・・・そうか。サキさんにも何も言わずに行くのか?」
ワタル:「・・・俺は、結局あの人との約束を守れなかった。」
ナスリー:「彼女のお父さんのことか・・・」
ワタル:「結局俺は、おじさんを探し出せもしなかったし、犯人を突き止めることもできなかった。あげ句、記憶が戻ったら、実は俺自身が異星人だった。だから生まれた星に帰らなきゃなりません。なんて、一体どこをどう説明したらいいっていうんだ。寂しいが、あの人に話せることは何もない。」
ナスリー:「そういうことか。・・・わかった。ではすぐに出発しよう。」

 ワタルはホシゾラ家とAPの寮で必要な荷物をまとめると、ナスリーのアパートの最寄りの駅に向かう。そこではナスリーがすでに車で待っており、ワタルが乗り込むと出発した。車は高速道路に乗ると西に向かい2時間ちょっと走った。そこから今度は北に向かって進み、市街地をしばらく走っていたが次第に民家もまばらになってきて、ついには山道のようなところに突入したがさらに進み、曲がりくねった山道と目に映るものは木しかない光景に、ワタルがいい加減飽き飽きしてきたころにやっと車は止まった。
ワタルが車から降りると、そこは小さな木造の山小屋の前だった。

ワタル:「ここは何なんだ?」
ナスリー:「異星人のための契約駐車場、といったところだ。」

 ナスリーが山小屋に入っていくのでワタルも続いた。山小屋の中には誰もいない。広さは10畳ぐらいでテーブルと椅子が4脚ある以外は何もない。奥の壁には一枚の風景画が飾られていたが、ナスリーがそれをはずすと、その下には銀色に光るパネルが現れた。ナスリーがそれに手に持ったカードをかざす。すると音もなく隣りの木製の壁がくり抜かれ引っ込んだかと思うと横にスライドし、その奥の薄暗い空間に光が差し込んだ。どうやら下に降りる階段があるらしい。ナスリーははずした風景画を元に戻すと、「行こう」と言って階段を降り始めた。ナスリーが入ると階段の照明が点灯する。そしてワタルもそれに続き階段をおりていくと、三歩ぐらい進んだところで後ろの扉がゆっくりと閉じた。

 階段は30段ほどで終わりその先にはエレベーターがあった。二人が乗り込み、ナスリーが一つしかないボタンを押すと、扉が閉まエレベーターは動き始めた。どうやら行き先は一つしかないらしい。数秒間降下する感覚があってエレベーターは止まる。ワタルが先に降り、あたりを見回すとそこには地下とは思えない広大な空間が広がっていた。そこに数台の巨大な宇宙船と思しき物体が並んでいる。ナスリーはエレベーターを出たところにあるモニターの前に立ち、何か操作を始めた。しばらくしてモニターに、魔除けのお面ような顔をした異星人(宇宙人画像)が映し出され、妙に大きな声で「おお、あんたか。もう帰ることになったのか?」と喋り出した。

ナスリー:「ドレーナさんお世話になりました。用事がすみましたので、今からイスラマインに帰ります。料金は先にお渡しした分で足りますか?」
ドレーナ:「ああ、足りている。あと3ヶ月は停められるぐらいもらっているが、これはどうする?」
ナスリー:「とっておいてください。」
ドレーナ:「かたじけない。あんたみたいな客ばかりなら大助かりなんだが。」
ナスリー:「では我々は行きます。ゲートの方をよろしくお願いします。」
ドレーナ:「おお、任せとけ。元気でな。」
ナスリー:「ドレーナさんも、お元気で。」

 ナスリーがモニターを離れ歩き始める。ワタルもそれに続いた。改めて駐船(?)スペースを見ると停められている宇宙船は全部で4機である。そのうちナスリーの宇宙船は一番奥に停められている。(宇宙船画像)なぜ分かるかというと、その宇宙船はワタルにとってどこか馴染みのある形をしていたからである。ワタルにはニコ・サンドールとしての記憶が大分戻ってきていた。二人は宇宙船に乗り込む。

 「ここからどうやって出るんだろうか?」とワタルは興味津々だったが、話は簡単であった。ナスリーが少し何かを操作すると、宇宙船は音もなく地面から1メートルほど浮かび上がり、そのまま移動し始める。そしてまず左折、しばらく直進してから右折すると、前方に円形の宇宙船用の巨大なエレベーターと思しきものが現れた。宇宙船がその円の中に収まると、20秒ほどやかましい警報音が鳴り響き、それが止むとエレベーターはゆっくりと上昇を始める。しばらく経つと天井が開いたのか急に視界が明るくなる。さらに数秒後、宇宙船のコックピットのモニターには山が連なる穏やかな景色が映し出されていた。地上に出たのだ。

ナスリー:「いよいよ地球ともお別れだ。何か感想はあるか?」

 ナスリーは再び何かを操作しながら聞いた。

ワタル:「何もかも途中、って感じだ。」
ナスリー:「なるほど。趣には欠けるが、案外そんなものかも知れないな。では出発だ。」
ワタル:「ああ。行ってくれ。」

 宇宙船のエンジンが低くうなりを上げ、次の瞬間機体は一気に上昇した。

(最終話その4につづく ストーリーズへ)