■〈失われた記憶と意識の狭間 シーン2〉
 ワタルは子供だ。お気に入りのロボットのオモチャで夢中になって遊んでいる。場所は保育園のようなところである。いや、もしかするとホシゾラ家のリビングかもしれない。突然、ワタルの前に同い年くらいの男の子が立ったかと思うと、その子はワタルが遊んでいるオモチャを乱暴に取り上げた。そして驚いて見上げたワタルに向かって「へっ」と笑ってみせた。ワタルは猛烈に腹が立ち、その子をにらみながら言った。

ワタル:「僕の□×$%▲◎返してっ!!」

 再び、その返して欲しいおもちゃの名前のところだけ奇妙な単語が飛び出した。するとやはりそれを皮切りに相手の子も周りの風景も一斉に姿を変えてしまった。目の前に立っている異星人の子は、もう笑っているのかどうかワタルには判断がつかない。

■〈失われた記憶と意識の狭間 シーン3〉
 ワタルは試験会場にいる。今日は大事な試験の日である。この試験に受かることができれば、ワタルは幼いころからの夢に一歩近づくことができる。試験問題が配られ、試験開始のベルが鳴った。ワタルは問題用紙の冊子を開く。目を閉じて一度深く呼吸しながら、「あわてるな。まずは試験問題全体の構成を把握するんだ。」と心の中で自分に言い聞かせ、それからゆっくりと1ページ目に視線を落とした。

 そして、目が点になった。

 意味が分からなかった。問題の意味がではなく、文字の意味が分からなかった。問題用紙には、ワタルが見たこともない不思議な形の文字が並んでいた。ワタルは慌ててページをめくる。しかし、2ページも3ページも、すべてのページがその判読不能の文字により埋め尽くされている。「こんなもの、分かるはずがないじゃないか・・・」とワタルは絶望的な気分になった。そして、ふと他の受験生たちはどうしているのかと思いまわりを見回した。見ると、他の受験生たちは皆何事もないかのように、黙々と問題を解いている。ワタルは再び呆然としたが、しばらくすると受験生たちの姿が異星人の姿へと変わり、試験会場の風景も一変してしまった。それを見たワタルは「そういうことか」となぜか妙に納得し、再び自分の机の上に視線を戻した。するとやはりというか何と言うか、試験問題の文字は相変わらず見たこともない文字だったが、見ているとすらすらと内容が頭に入ってくるではないか。ワタルは気を取り直し、急いで最初の問題を読み始めた。

 そんな奇妙なシーンが延々と続いてゆく・・・・・


■ワタルは目を覚ました。目を覚ましたワタルは、同時にメタリア人ニコ・サンドールでもあった。

ナスリー:「気分はどうだ?」
ワタル:「悪くは、ないよ。何か、あれだな・・・もっとこう劇的な変化があるのかと期待してたが、案外普通だな。特に精神的な混乱はない。」
ナスリー:「それは何よりだ。」
ワタル:「まあ、考えてみれば元に戻っただけのことだもんな。でも確かに変化はあるよ。何ていうか・・・ものの捉え方が俯瞰的になった。視野が広くなったというか・・・ああ、そうだ!急に年をとった感じ、急にいくつも年をとった感じだよ!」
ナスリー:「今までホシゾラ・ワタルという人格は、わずか4年半ほどの間に蓄えられた知識しかも持ちあわせていなかったわけだからな。それも当然だ。」
ワタル:「でも、ちょっと待てよ。俺が、メタリア人ニコ・サンドールであることは分かったけどよ、肝心の何で地球に来たのかってところは全く思い出せないんだが・・・」

ナスリー:「それは記憶修復装置の効果には一定のタイムラグがあるからだ。いま戻っているのは、おそらく少年期から青年期にさしかかる所ぐらいまでで、すべての記憶が戻るには平均で180時間ほどかかる。」
ワタル:「180時間・・・一週間ちょっとか。」
ナスリー:「それぐらいを目処に地球を立つことになる、とも理解しておいてくれ。もちろん君が望むなら出発を早めることは可能だ。」
ワタル:「・・・・・わかった。今日はもう疲れた。帰っていいか?」
ナスリー:「ああ。だが記憶回復直後は、思考が散漫になり注意力が低下する。帰り道はくれぐれも気をつけてくれ。」
ワタル:「了解。」

 ワタルはナスリーのアパートを後にした。


■その翌日、大気圏内に未確認飛行物体が侵入してくる。SARTはウインド・アロー、ウォーリアーで出動。ワタルはアローに乗り出撃するが、特に自ら攻撃をしかけてくるわけではない円盤に対し攻撃をためらってしまう。

フウリュウ:「アローT、目標に近づきすぎだ。早く攻撃を開始しろ。」
ワタル:「しかし、まだ向こうからの攻撃はありません。もう少し様子を見てもいいのでは?」
イロズキ:「ワタル、てめえなに悠長なこと言ってんだ!!向こうの攻撃なんか待ってたら、こっちが先にやられるだろうが!!」
フウリュウ:「ワタル、向こうはこちらの通信も減速勧告も無視している。充分に迎撃対象だ。確かに今は何もしてきていないが、相手は異星人だ。どんな兵器を持っているかわからん。すみやかに目標を撃破せよ。」

 ワタルがなおもためらっていると、ウォーリアーが先にミサイルを放つ。すると円盤はミサイルをかわし、怪光線を放ち反撃してきた。

イロズキ:「ほら見ろ!!やる気満々じゃねーか!!」

 ワタルは内心「そりゃそうだろ」と思いつつ、自らも円盤に向かってミサイルを発射した。

 防衛センターの休憩室でワタルは一人物思いにふけっている。メタリア人ニコ・サンドールとしての記憶が戻ってからというもの、ワタルはどうもSARTの任務に身が入らなくなっていた。先ほどの円盤に関してもそうだ。以前のワタルならあの円盤に先制攻撃を加えることに微塵も疑いを持たなかったはずである。しかし今、ワタルは地球人としての視点に加えて、メタリア人ニコ・サンドールの視点も併せ持ってしまっている。本来なら一介の惑星調査官に過ぎないニコの視点から見ると、いくら自分たちの生活圏に侵入されたからといって、ああもヒステリックに反応しなければならないかという点について疑問を感じずにはいられないのである。

フウリュウ:「どうした、考え事か?」
ワタル:「あ、いえ・・・」
フウリュウ:「どうも最近疲れが溜まっているように見えるな。すこしまとめて休暇をとったらどうだ?」

 そう言うと、フウリュウは立ち去った。ワタルは三日間、休暇をとることにした。

(最終話その3につづく ストーリーズへ)