■勤務中のワタルの携帯に電話が掛かってくる。ディスプレイには“タナカ・セイジ”という名が表示されている。これはナスリーが地球人として活動するときに使っている名前だ。ワタルは少し人気のない場所に移動すると電話に出た。

ワタル:「どうした?何かまた耳寄りな情報でもあるのか?」

 ナスリーは、二人がロチャ星人に罠にはめられた事件以後も、人間を誘拐している異星人の情報を集めてはまめにワタルに知らせてくれていた。ロチャ星人事件の反省から、ワタルはそれに対し単独で動くことはせず、一般人から情報提供があったということにして必ずSARTとして動き、異星人の駆逐と誘拐された人々の救出を何度か成功させている。しかし、依然ホシゾラ・ダイスケの行方はわかっていない。

ナスリー:「君にとってはどうか知らないが、私にとっては吉報だ。イスラマインから記憶修復装置が届いた。」
ワタル:「あっ・・・そっちか。」
ナスリー:「こちらの準備はできている。君の都合がよければ早速だが今夜にでも君の記憶の修復を行いたい。」
ワタル:「・・・都合は悪くないが、待ってくれ・・・心の準備っていうもんがある。」
ナスリー:「ならば明日でも、明後日でもかまわないが。」
ワタル:「・・・いや。やっぱり今夜にしよう。先延ばしにしてもしょうがない。」
ナスリー:「賢明だ。では今夜。時間と場所は追ってメールする。」

■ナスリーが指定した場所は都内の古びたアパートの一室だった。ワタルが玄関のチャイムを鳴らすと、ナスリー扮するエリート銀行員といった感じの風貌の男、タナカ・セイジが扉を開け顔を出すとワタルを招き入れた。

ワタル:「ここに住んでるのか?」
ナスリー:「そうだ。今の私のような風体の人間はこのような部屋に住み、午前7時から夜8時ごろまでスーツを着て外出する。それが一番目立たない生活パターンだというのが私のリサーチの結果だ。」
ワタル:「はは・・・勉強熱心なことだな。で、肝心な記憶修復装置とやらは?」
ナスリー:「奥にある。」

 そう言うとナスリーは部屋の奥に入っていき、ワタルもそれに続いた。「これだ」とナスリーが指さしたものは、何というか、一言で言うとメタリックな仮設トイレといった感じのものだった。扉が付いており、それを開けると中に座席と思われるものが一つあって、その横の壁には脳波を測定する装置のようなヘッドセットが掛けてある。ワタルはなぜか少し笑った。

ナスリー:「どうかしたか?」
ワタル:「いや。だが、意外に予想通りのシロモノでちょっとびっくりしてる。」
ナスリー:「そうか。では早速だが始めよう。ここに座って、この機械を頭に装着してくれ。」

 ワタルは言われた通りにした。ヘッドセットは意外と軽い。ナスリーが扉の外側からボタンをひとつ操作する。するとヘッドセットから、プラスチック製の黒いサンバイザーのようなものがせり出してきて、ワタルの顔の上半分を覆った。前は見えなくなったが、その代わり視界の真ん中に、見たことのない何かのマークが浮かび上がっている。どうやら目の前がスクリーンのようになる仕組みらしい。

ナスリー:「処置自体は2時間ほどで終わる。もっとも始まってしまえば時間の感覚などなくなるだろうが。始まったら、まず赤い光の点が君の視界のなかを動き回る。そうしたらそれを目で追ってくれ。」

 ナスリーが扉を閉めると装置の中は完全に暗闇になった。しばらくすると目の前のマークが消え、何となく間の抜けたメロディーが流れ始める。そしてナスリーの言う通り、赤い小さな点が視界の中をゆったりと縦横無尽に動き回り始めた。ワタルはそれを目で追っていく。しばらくして突然フッとワタルの意識が途切れた。

■〈失われた記憶と意識の狭間 シーン1〉

 ワタルは子供だ。知らない街にいる。人は沢山歩いているが皆知らない大人たちだ。大人たちはワタルには目もくれず早足で目の前を通り過ぎていく。ワタルは道の端っこに座り込み、時折通り過ぎていく人々をそっと盗み見ては、再び下を向きひざの間に顔をうずめて狭く暗い視界のなかへ戻っていった。すると、突然「坊や、どうしたのかな?」と声をかけられた。顔を上げると、正面に知らないおじさんが立っていた。

男:「迷子になっちゃったのかな。お母さんかお父さんは?」

 ワタルはただ首をふった。

男:「そうか。やっぱり迷子か。君、名前は?」

 ワタルは自分の名前を答えた。

男:「そうか、ホシゾラ・ワタル君か。カッコいい名前だね。今日はどこから来たのかな?」

 ワタルは一瞬困ったが、ホシゾラ家のある地名を答えた。

男:「田名崎か、結構遠くから来たんだね。お父さんかお母さんと一緒に来たのかな?」

 ワタルは再び首をふった。自分には親などいない、ような気がする。

男:「君はここまで一人で来たのか!しっかりしているなあ!じゃあ、帰り方が分からなくなっちゃったんだね?よし、おじさんが帰り方を教えてあげよう。あ、でもその前にまず君の家に電話をかけなきゃいけないね。電話番号教えてくれるかな?」

 ワタルが答えようとした時、遠くで母親が自分を呼ぶ声が聞こえた。なぜ母親の声と思ったのかは分からない。母親が自分をこんなところに迎えに来るわけもない。しかし、その声を聞いた瞬間、急に今まで抑えつけていた心細さが一気にこみ上げてきてたまらなくなり、ワタルはその声に応えようと必死で叫んだ。

ワタル:「○△#*@ーっ!!」

 次の瞬間ワタルは自分でも聞いたことのない奇妙な発音で何かを叫んでいた。そしてそれが合図だったかのように、目の前のおじさんや通行人たちは異星人の姿になり、ありふれたビルの並ぶごく普通の街並みも、立体のモダンアートのような建物が立ち並ぶ異星の都市へと姿を変えたのである。

(最終話その2につづく ストーリーズへ)