■「・・・ワタル、ホシゾラ・ワタル、」そう自分を呼ぶ声がして、ワタルは揺り起こされた。声の主はナスリーだった。彼はメタリア人の姿ではなく、地球で普段活動するために利用する人間体の姿をしている。ワタルは体を起こし、辺りを見回した。二人がいるのは10畳ぐらいのスペースで、床も天井も真っ白な空間だった。空間は、まるでガラスのように見えるクリアな素材で作られたフェンス状のもので仕切られており、フェンスの向こう側にはこちらに向きながら、微動だにしないロチャ星人が一人立っている。「どうやら奴らの施設内の牢屋のようなものに入れられているようだ」とワタルは認識した。

ナスリー:「大丈夫か?気分はどうだ?」
ワタル:「良くは、ないな・・・あんたも奴らにショックガンで撃たれて、ここにぶちこまれたのか?」
ナスリー:「まあ、そんなところだ。その後、私から君についての情報を引き出そうとした彼らに、大分こっぴどくやられてしまったがね・・・」

 よく見るとナスリーの人間体の腕や顔にはいくつも痣ができており、顔も土気色で精気がない。

ワタル:「それはすまなかったな。俺のせいで・・・」
ナスリー:「いや、私の方こそ申し訳ない。私が間抜けなばかりにこんなことになってしまって・・・」
ワタル:「まあ、それはしょうがないさ。それに元はと言えば、俺のためにやってくれてたことだしな・・・・・と言うか、前から聞きたかったんだが、なぜあんたは俺の闘いに手を貸すようなことをするんだ?あんたは、俺が他の異星人と交戦することを止めなきゃいけない立場じゃないのか?」

ナスリー:「・・・それは、ある程度は私の個人的な感情が理由だ。この間サキさんと話して、少しホシゾラ・ワタルという男について知った。・・・きみにとっては不愉快なことかも知れないが、君と私の友人ニコ・サンドールはとてもよく似ている。ニコも、君のように正義感が強く、一本気で向こう見ずな男だったということを改めて思い出したよ。・・・そんな男だから、もし君にニコ・サンドールとしての記憶が戻ったとしても、君とニコが同一人物である以上、ニコはそう簡単に、サキさんとの約束を果たさずして、イスラマインに帰ったりはしないだろう。実を言えば今、私は失われた君の記憶を修復するための装置を、こちらに送ってもらうようにイスラマインにいる者に頼んでいる。その装置が届いた時に、君には改めて最終的な決断をしてもらうことになるだろう。その時までに君が、ホシゾラ・ダイスケを、彼を誘拐した異星人から取り戻すことができていたとしたら、おそらくニコが、イスラマインに帰るという決断をする可能性はずっと高くなる。少なくとも、彼の決断を下す際の苦悩を幾分かやわらげることはできるだろう。だから私は、君ができるだけ早くサキさんとの約束を果たしてくれることを望む。私が君に異星人の情報を提供し、協力しているのはそういう理由による。」

ワタル:「なるほどね。・・・そうか、ニコ・サンドールって奴は俺に似てるのか。そんな奴が友人じゃ、あんたも色々と苦労が多いことだろうな。」
ナスリー:「・・・ああ、それはそうかも知れない。」

 その時、突如「ピー」っという電子音が短く鳴り。天井から大きなディスプレーが下りてきた。「ブーン」という音がして、画面に一人のロチャ星人が映し出された。おそらく、地球に潜伏するロチャ星人たちの首領であり、喫茶店“ワトソン”でワタルと話した男であろう。

ロチャ星人首領:「やあ、アストロナイト君。そしてそちらは、確かナスリー君と言ったかな?ごきげんはいかがだろうか。おそらく何もない監獄でさぞや退屈していることだろう。そこで、私はお二人の客人ために、極上のショーを用意した。我々ロチャ星人による地球侵略作戦の生中継だ!どうか存分に楽しんでくれたまえ!」

 映像が切り替わり、おそらく首都圏のどこかと思われるビルの建ち並ぶ街が映し出された。そこに突然、雷光のような光がほとばしり、地面にぶつかると派手に爆発し、その爆煙の中から一匹の巨大な怪獣が現れた。(怪獣画像)怪獣は一声鳴くと進撃を開始した。四本の脚が電柱を蹴倒し、自動車を踏みつけ、また体ごとビルにぶつかっては巨大なビルを粉砕する。さらに怪獣は、両翼の先端から光線を発し、周辺にも破壊の輪を広げてゆく。しばらくするとSARTのウインド・アローとウインド・ウォーリアーが到着し、怪獣を攻撃し始めた。しかし、攻撃を受けても怪獣はほとんどダメージを受ける様子がない。さらには、怪獣は巨体のわりに反応が鋭く、翼から発する光線にもスピードがあり、今にもSARTの戦闘機たちを捉えそうである。

 まずいな、とワタルは思った。ロチャ星人の首領は、「地球人側の戦力を調査した」と言っていた。ならば、この期に及んでSARTの兵器でどうにかなるような怪獣を出してくるはずがない。自分が行かなければ―――とワタルは焦燥感に駆られた。と、そこでワタルは服の下にペンダントの感触があることに気付く。しめた、と思いいつものように服の上から握り締めてみる。しかし、何も起こらなかった。それを見ていたナスリーがかぶりを振って言った。

ナスリー:「この空間にも、オートラクタとかいう装置が働いている。変身はできない。」

 くそっ、何とかしてここから出なければ。ワタルはさらに考えた。もちろん拳銃などの装備は没収されている。外部と連絡を取る方法もない。おまけにフェンスの向こうでは見張りが目を光らせている。どうする、どうする。何かないか、何か・・・・・

 その時、ワタルは胸のポケットに何かが入っていることに気付いた。ロチャ星人の見張りに気付かれないように、ゆっくりと取り出してみる。それは円形のキーホルダーのような物体だった。掌の中のあまりにちゃちなプラスチック製のカバーの感触に、一瞬ワタルはそれが何だか思い出せなかった。そう、これはフブキ隊員の新しい発明品、携帯式光線兵器誘導装置“ヒット・ディスターバー”だ。ワタルは、見張りが持っている銃の外形を素早く確認した。おそらく光線銃だ。ならば・・・ひょっとすると上手く行くかもしれない。ワタルは、視線はロチャ星人の見張りに向けたままで、こちらの様子を怪訝そうに伺うナスリーに向かって抑えた声で話しかけた。

ワタル:「ここから脱出する方法を思いついた。今からあの見張りを罠にはめる。あんたは俺に調子を合わせてくれ。」

 そして、今度はしっかりとナスリーの方を向き、大きな声で喋り始めた。

ワタル:「おい見てみろよ。あそこにずっと突っ立ってる見張り。ご苦労さんだな。しっかし地球侵略作戦の真っ最中にこんなところで見張りをやらされてるなんて余程使えない奴なんだろうな。」
ナスリー:「・・・・・」
ワタル:「どこにでもいるんだよなー、グズでトロくて言われたことを馬鹿正直にやることしかできないしょうもない奴って。ほら、今だって自分のこと言われてるって気付かないのか全く反応しないしな。」
ナスリー:「・・・ああ、そうだな。耳から入ってきた言葉を理解するのに大分時間がかかるんじゃないか?きっと後になってから怒り出すんだろう。」
ワタル:「はは、そりゃひどいな。まさに木偶の坊ってやつだ。まあ、でもあのルチャ星人、ん?レチャ星人だったっけ?まあいいや、どっちでも。とにかくあいつら皆マヌケそうな顔してるから、その中で優秀とか間抜けとか言っても目クソ鼻クソか。」
ナスリー:「確かに。あまり高等な生物の顔はしていないな。」
ワタル:「そうそう、あいつらの顔何かに似てると思ったら、地球にいるイモムシって生物に似てるんだよね。イモムシってのはさ、これがまたちっちゃくてブヨブヨしてて気持ちの悪い生き物なんだ。俺は大っ嫌いだね。おまけに葉っぱ食ってクソして、あとは前に進むことぐらいしかできない能無しでね。あんなもの何のために存在してるのか分からねえ・・・」

 その時、今まで直立不動だったロチャ星人の見張りが動いた。星人はワタルたちが閉じ込められている牢屋とは反対側の部屋の隅に行くと、そこの壁に埋め込まれている文字盤を何やら操作した。それから、今度はまっすぐに牢屋の方へ歩いてくる。そして牢屋のフェンスの中で、そこだけ円形にくり抜かれていて縁取られている、おそらく入り口と思われる部分の前に来ると立ち止まった。星人が円形の部分を押す。すると円は回転ドアのように、その対称軸を軸としてくるりと回転し、半円形の入り口ができた。星人はそこから牢の中に入ってきた。その手には光線銃を構えている。ワタルとナスリーは後ずさり、牢の隅っこに追いやられる格好となった。

ロチャ星人見張り:「貴様ら言わせておけば調子に乗りやがって・・・捕虜の分際でそこまで悪態がつけるとは大したものだ。だが、何を言っても今は命までは取られないと思っているのなら、それは大きな間違いだぞ。お前らに対する生殺与奪の権の一切は俺が握っている。そして俺は短気なんだ。これ以上お前らの悪態を大人しく聞いているつもりはない。」

 そう言うと、星人は銃の引き金に手を掛けた。

(第18話その4に続く ストーリーズヘ